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ルーゴン・マッカール叢書

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ルーゴン=マッカール叢書(Les Rougon-Macquart )は、19世紀フランスの自然主義作家エミール・ゾラによる、全20作で構成されたライフワークの作品群。

日本語訳は、2002年より論創社小田光雄訳と伊藤桂子訳が刊行され、2009年3月に13冊目『ウージェーヌ・ルーゴン閣下』が刊行され、藤原書店〈ゾラ・セレクション〉全6冊などを併せると新訳がほぼ揃った。

意義[編集]
本叢書はフランスの文豪エミール・ゾラのライフワークであり、ゾラの唱えた自然主義文学理論の実践である。ゾラはダーウィンの進化論やクロード・ベルナール「実験医学研究序説」(初版1865年)の影響を受け、自然主義文学を構想・理論化する。その具体的実践として本叢書が企画・執筆された。理論的論文としては後に「実験小説論」が執筆された(1880年)。

本叢書はバルザックの『人間喜劇』に匹敵する文学的世界を築き上げようとの試みである。当初全10巻の予定で構想されたが、拡大され、最終的には全20巻となった。バルザックと同様の人物再登場手法を採用しているが、それぞれ作品のつながりは人間喜劇の場合に比べるときわめて弱く、内容的関連はほとんど存在しない。

ルーゴン・マッカール家[編集]

第二帝政下における一家族の自然的・社会的歴史」(histoire naturelle et sociale d'une famille sous le Second Empire )という副題からもわかるように、本叢書はフランス第二帝政下の社会をすべて描き尽くそうとする野心的な試みでもある。登場人物も1200人を数え、ルーゴン・マッカール家の者達も国務大臣を務める政治家(ウージェーヌ・ルーゴン)から、パリの洗濯女(ジェルヴェーズ・マッカール)まで、当時のフランスにおけるほとんどすべての社会層に及ぶ。

評価・変遷[編集]
構想の時点(1869年)ではいまだフランス第二帝政が継続中であったため、叢書はいわば「同時代の記録」となるはずであったが、第1作『ルーゴン家の誕生』の執筆中に普仏戦争が勃発し、第二帝政が崩壊した。そのため、当初の予定を変更して、叢書は第二帝政全体を、その開始から終結まで包括的に描くものとなった。
出版当初は、ほとんどといっていいほど売れなかった。当時フローベールジョルジュ・サンドへの書簡で、「ゾラの新刊『プラッサンの征服』は出版後6ヶ月かかってフランス全土で1700部しか売れなかった」と報告している。
ところが、第7作『居酒屋』が新聞に連載されるとすさまじい反響を巻き起こし、フランス社会を真っ二つにする論争が起こった。そして読者からの非難が集中し、新聞連載自体を中止せざるを得なくなった。ゾラはやむなく別の雑誌に連載を続け、翌年単行本として出版すると、当時としては異例の5万部を売り尽くした。
その批判であるが、要するに「あまりに労働者階級を露悪的に描きすぎている。こういう小説はむしろ下層階級をおとしめるものだ」というものであった。ゾラ自身は執筆前に綿密な取材を重ねており、むしろパリの下層階級のあるがままの姿を描いていたが、それが当時の読書層(ブルジョワ階級)にはショッキングな事実だったということである。
いずれにせよ、『居酒屋』以降はフランスにおいて自然主義文学の黄金時代が到来することとなった。
ゾラは「居酒屋」の印税でパリ郊外のメダンに別荘を買い求め、そこにはモーパッサンユイスマンスなどが集うようになった。
その後も『ナナ』『ごった煮』『ボヌール・デ・ダム百貨店』『ジェルミナール』などを発表した。第14作『制作』を発表すると、それが原因で少年の頃からの親友だったセザンヌと絶交状態になる。それはセザンヌが、最後には精神を病み、自殺してしまう主人公のモデルとされたからである
第15作『大地』を出版すると、『居酒屋』のときと同様な(作品の不道徳さに関する)ゾラ批判が起こる。かつての『居酒屋』に対する批判は自然主義文学の勃興をもたらしたが、『大地』に対する批判は自然主義文学の終焉をもたらすこととなった。ただ、そのころにはゾラ自身、自然主義的な作風から移行しつつあった。
最終巻『パスカル博士』を発表したころには、ゾラは事実を生々しく描く自然主義よりも、むしろ理想主義的傾向を強めていた。もはやゾラはルーゴン=マッカール叢書におけるような自然主義を離れ、『三都市叢書』『四福音書』の執筆に向かうことになる。また、ドレフュス事件の冤罪を確信し、その再審運動に尽力したのも、理想を追求するゾラの誠実さに基づくものといえる。

影響[編集]

当時、ロシア文学と共に世界の文学シーンを主導していたフランスにおける自然主義の勃興は、当然のように世界中に影響を与えることとなった。
イタリアでは、ジョヴァンニ・ヴェルガらがイタリア・ヴェリズモ文学(真実主義)を創始。中編小説「ネッダ」を嚆矢とし、「カヴァレリーア・ルスティカーナ」を代表作とする。ヴェルガはまた、イタリア版ルーゴン・マッカール叢書ともいうべき連作小説「イ・ヴェンティ(敗者たち)」を構想するが、「マラヴォリア家の人びと」「マストロ・ドン・ジェズアルド」まで発表したところで中絶してしまった。
アメリカでもセオドア・ドライサーが「シスター・キャリー」「アメリカの悲劇」を、スティーヴン・クレインが「赤い武功章」を発表した。またジョン・スタインベックの「怒りの葡萄」も、その内容・作風から自然主義文学の影響が強い。
日本ではやや事情が異なり、すでに大正時代にゾラの諸作品が翻訳されていたが、日本の自然主義作家はゾラの作品を表層的に捉えるにとどまり、ただの暴露小説・私小説に堕してしまった。詳細は日本での自然主義を参照。

作品集[編集]
エミール・ゾラの項も参照。日本語訳の記載が無い書名10冊は、論創社「ルーゴン=マッカール叢書」(小田光雄訳)で刊行。映画化された作品も多い。
『ルーゴン家の誕生』"La Fortune des Rougon", 1870年/伊藤桂子訳(論創社、2003年)南仏の架空の町プラッサンを舞台に、ナポレオン派と共和派の争いを、少年シルヴェールの悲恋を絡めて描く。※註:ルーゴン・マッカール家の第三世代までの顔見せ興行的な面があるので、必読の書である。

『獲物の分け前』"La Curée", 1871年/伊藤桂子訳(論創社、2004年)/中井敦子訳(ちくま文庫、2004年)。ルーゴン家の三男、アリスティド(サッカール)が、パリの再開発に伴う土地の投機に狂奔する[1]。

『パリの胃袋』"Le Ventre de Paris", 1873年/朝比奈弘治訳(藤原書店、2003年)パリの市場を舞台に、ギニアから脱走してきた青年フロランは監督官として働き者との評判を取るが、やがて周囲に疑われるようになり、フロランの義妹リザ(マッカールの娘)の密告で共和主義者として逮捕される。

『プラッサンの征服』"La Conquête de Plassans", 1874年プラッサンにやってきたフォージャ神父は、ムーレ家の支配からはじまり、プラッサン全体の支配を確立するが、発狂したムーレが自宅に放火し、フォージャ一家を焼き殺してしまう。

『ムーレ神父のあやまち』"La Faute de l'Abbé Mouret", 1875年/清水正和・倉智恒夫訳(藤原書店、2003年)狂信的な神父セルジュ・ムーレはパラドゥーで野性的な少女アルビーヌと出会い、愛し合うようになるが、セルジュは信仰に悩み、やがてアルビーヌは死んでゆく。

『ウージェーヌ・ルーゴン閣下』"Son Excellence Eugène Rougon ", 1876年政治家ウージェーヌの活動を通し、フランス第二帝政の内幕とボナパルティスムの実態を明らかにした政治内幕小説

『居酒屋』"L'Assommoir", 1876年/古賀照一訳(新潮文庫、改版2006年)[2]ゾラ最大の出世作で、最も重版した作品(日本語訳の数も「ナナ」と並ぶ)。パリに出てきた洗濯女ジェルヴェーズ・マッカールが死にものぐるいで働き、自分の店を持つまでになるが、夫クーポーとジェルヴェーズとの生活にジェルヴェーズの前恋人ランチエがころがり込んでくると経済的に苦しくなる。やがてジェルヴェーズは、自分の店を他人に売り渡す。夫クーポーが酒に溺れ発狂して死んでしまい、さらに娘のナナが家出を繰り返し放蕩生活を送るようになると、ジェルヴェーズ自身も酒に溺れるようになり、破滅し、売春婦になろうとするがうまくいかず、飢え死にする。この続編が『ナナ』である。自然主義文学の特徴として人間の醜悪な部分を描いたため、当時のフランス社会に大反響をもたらした[3]。

『愛の一ページ』"Une page d'amour", 1878年/石井啓子訳(藤原書店、2003年)息抜きの一作。エレーヌ・ムーレは医師と恋に落ちるが、娘のジャンヌはそのために嫉妬に駆られて死んでゆく。パリの情景。

『ナナ』"Nana", 1879年、※日本語訳多数。ジェルヴェーズの娘アンナ(ナナ)が舞台女優から高級娼婦(クルチザンヌ英語版))になり、「第二帝政」末期の周囲のブルジョワ・貴族を次々に破滅させてゆくが、ナナ自身も若くして疫病で亡くなる[4]。

『ごった煮』"Pot-Bouille", 1882年プラッサンから出てきたオクターヴ・ムーレが、その周囲のブルジョワ婦人と次々に情交を重ねてゆく。当時のブルジョワの風俗を戯画的に描く[5]。

『ボヌール・デ・ダム百貨店』"Au Bonheur des Dames", 1883年/吉田典子訳(藤原書店、2004年)/伊藤桂子訳(論創社、2002年)。前作の主人公オクターヴが経営する近代的百貨店ボヌール・デ・ダームが、周囲の小規模な商店街を壊滅させながら発展してゆく。ドゥニーズ・ボーデュとの恋も絡む[6]。

『生きる歓び』"La Joie de Vivre", 1884年息抜きの一作。ポーリーヌ(リザの娘)が、海辺のまちで健やかに育ち、ひっそりと暮らしてゆく。当時フランスでも隆盛を誇ったショーペンハウアー哲学に対するゾラの文学的回答[7]。

『ジェルミナール』"Germinal", 1885年炭坑における労働者の悲惨な生活、その生活苦から労働者が立ち上がりストライキを起こすが、そのストライキが敗北に終わるまでを描いた大作。主人公はジェルヴェーズの息子エチエンヌ・ランティエ[8]。

『制作』"L'Œuvre", 1886年清水正和訳(岩波文庫全2巻、1999年)画家クロード・ランティエは、理想の女を描こうと苦闘するが、やがて敗れて精神を病む。妻のクリスティーヌに正気にもどるよう説得され一時われに返るが、自分の描いた絵の女の前で首をつり死んでしまう。夫の自殺を目撃したクリスティーヌは、嫉妬と驚愕のあまり発狂。

『大地』"La Terre", 1887年軍隊を退役してきた農民ジャン・マッカールはフーアンの姪フランソワーズと結婚するが、フランソワーズは姉リーズともみ合いになり死に、それを目撃したフーアンは息子ピュトーに焼き殺され、これに絶望したジャンは農村を去りふたたび軍隊に戻る。フーアン家の財産争い。この大地の続編が「壊滅」である。

『夢(夢想)』"Le Rêve ", 1888年シドニーの娘アンジェリックが、貴族の息子フェリシアンと恋に落ちる。当初反対していたフェリシアンの父もやがてアンジェリックの結婚を認めるが、彼女は結婚式の最中に息を引き取る。

『獣人』"La Bête Humaine", 1890年/寺田光徳訳(藤原書店、2004年)休暇中の機関士ジャック・ランティエは、列車内での殺人を目撃する。ジャックはやがて犯人ルーボーの妻セヴリーヌと情を通じるが、彼女を衝動的に殺害する[9]。

『金(かね)』"L'Argent", 1891年/野村正人訳(藤原書店、2003年)土地投機に失敗したアリスティドは、「ユニヴァーサル銀行」を開業。バブル経済に乗って当初は破竹の勢いを示すが、やがて破綻する。

『壊滅』"La Débâcle", 1892年『大地』の続編。よそ者を排除する閉鎖的な農村に絶望し、ふたたび軍隊へもどった無学な農民ジャン・マッカールは、軍隊で弁護士資格を持つインテリ青年モーリスと親友になる。普仏戦争の敗北、ナポレオン三世の捕虜・廃位第二帝政の崩壊、臨時政府の成立、フランクフルト条約の締結、パリ・コミューン(労働者によるパリ自治政府)の成立と崩壊の中で、ジャンは、ティエールが率いる臨時政府の軍隊として、モーリスはパリ・コミューン戦士として対立することになり、ついに銃剣でモーリスを殺害してしまう。ジャンは、ふたたびフランスの大地へ戻る。

パスカル博士』"Le Docteur Pascal", 1893年パスカル・ルーゴンは故郷のプラッサンで一族の記録をとどめ、新しい遺伝理論の構築をはかる。彼は姪クロチルドと愛し合うが、心臓病で急死する。理論原稿はパスカルの母フェリシテが焼き払う。

脚注[編集]
1.^ ロジェ・ヴァディム監督で同名の映画化(1966年)。
2.^ 他に清水徹訳(集英社版「世界文学全集」で数度、新版・ギャラリー「世界の文学7」、1990年)がある。
3.^ ルネ・クレマン監督で同名の映画化(1956年)。
4.^ ジャン・ルノワール監督で『女優ナナ』として映画化(1926年)。
5.^ ジュリアン・デュヴィヴィエ監督で『奥様ご用心』として映画化(1957年)。
6.^ アンドレ・カイヤット監督の『貴婦人たちお幸せに』として映画化(1943年)。
7.^ ルネ・クレマン監督でアラン・ドロン主演の映画『生きる歓び』とは無関係である。
8.^ クロード・ベリ監督で『ジェルミナル』として映画化(1993年)。
9.^ ジャン・ルノワール監督で同名の映画化(1938年)。

カテゴリ: エミール・ゾラ
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