森田療法

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森田療法(もりたりょうほう)とは、1919年大正8年)に森田正馬により創始された(森田)神経質に対する精神療法。(森田)神経質は神経衰弱[1]神経症[2]不安障害[2]と重なる部分が大きい。また近年はうつ病などの疾患に対して適用されることもある[3]

なお森田正馬は薬を使わなかったが、現代では薬を併用することが多い[4][5][6]。さらに元来入院が基本だったが、最近では通院が中心になりつつある[7]。そのため重度や長期の人は入院、軽度で短期の人は通院が基本になっている[7]

またそれ以外に自助グループ生活の発見会」や会員制掲示板「体験フォーラム」などの利用方法もある[7]。なお日本国内だけでなく、海外でも中国を中心に活動が展開されている[8]

 

森田学説

森田正馬は、病(神経質)=素質(ヒポコンドリー性基調)×機会×病因(精神交互作用)[9][10]と考えた。その後の慈恵医大の治療者は、森田神経質の発症機制=素質(神経質性格)×病因(精神交互作用)×病因(思想の矛盾)[11][12]と表現している。

  • ヒポコンドリー性基調:いたずらに病苦を気にする精神的基調のこと[13]
  • 神経質性格:弱力性(内向性・心配性・過敏症・心気症・受動的[14] )と強力性(完全欲・優越欲求・自尊欲求・健康欲求・支配欲求[14])を合わせ持つ性格[15]
  • 精神交互作用:ある「感覚」に対する「注意」が強くなるとその「感覚」が強くなり、「感覚」が強くなるとさらにまた「注意」が強くなること。注意と感覚の悪循環[16]
  • 思想の矛盾:かくあるべしと思う「思想」とそうではない「事実」が反対になり矛盾すること[17]。理想の自分と現実の自分のギャップ[18]
  • 生の欲望:向上・発展しようとする欲望[19]

あるがまま

森田療法では「あるがまま」という言葉が使われることが多い。

森田正馬はその著書で『治療の主眼については、言語では、いろいろと言い現わし方もあるけれども、詮じつめれば「あるがままでよい、あるがままよりほかに仕方がない、あるがままでなければならない」とかいうことになる[20]。』と述べている。また同じ著書では『ことさらに、そのままになろうとか、心頭滅却しようとかすれば、それはすでにそのままでもなく、心頭滅却でもない[21]。』『当然とも、不当然とも、また思い捨てるとも、捨てぬとも、何とも思わないからである。そのままである。あるがままである[22]。』とも述べている。

さらに晩年は、『理屈をいってもわからないから、ただ働きさえすればよい[23][24]』『暑さでも対人恐怖でも、皆受け入れるとか任せるとかあるがままとかいったら、その一言で苦しくなる[25]。』『強迫観念の本を読んで、「あるがまま」とか、「なりきる」とかいう事を、なるほどと理解し承認すればよいけれども、一度自分が「あるがまま」になろうとしては、それは「求めんとすれば得られず」で、既に「あるがまま」ではない[26]。』などともいっている。

なお森田療法で使われる「あるがまま」という言葉は「治療過程」と「治療目標」の2つの意味で用いられ[27]、一般的な意味とは少し異なり[28]「症状受容」と「生の欲望の発揮」の2つの側面があると考えられている[29][27][30]。また北西憲二は「あるがまま」という言葉がさまざまに解釈され、理解の混乱を招いてきたことを指摘している[31]。さらに鈴木知準のように、「あるがまま」という言葉は使わない方が良いと考えている人もいた。また立松一徳のように、とらわれの強い患者に「あるがまま」という言葉を使うのは禁忌で、『不安をあるがままには受けいれられない方が健全』と考える人もいる[32]

治療方法

入院

  • 第一期 - 絶対臥褥(がじょく)期:患者を個室に隔離し、食事・洗面・トイレ以外の活動をさせずに布団で寝ているようにする。
  • 第二期 - 軽作業期:外界に触れさせ軽作業をさせたりする。なおこの時期から主治医との「個人面談」と「日記指導」も行う[33]
  • 第三期 - 作業期:睡眠時間以外はほとんど何かの活動をしているという生活にする。なお現代では適時休憩をとるように指導するところもある。
  • 第四期 - 社会生活準備期:日常生活に戻れるよう社会生活の準備に当てられる。

  上記の課程を40日[34][35]~3ヶ月[36]程度行う。

通院

「個人面談」が中心だが「日記指導」を併用することもある[37]。なお入院までの準備期間や退院後のアフターケアとして行われることもある[38]。また並行して「生活の発見会」や「体験フォーラム」を利用することもある[39]

その他

全治と悟り

森田正馬は神経質が「全治」した状態に対して「悟り」という言葉を用いており、その体験者として釈迦や白隠の名前を挙げている[41]

また鈴木知準は神経質の「全治」と禅の「悟り」は同じ心理状態と考えており[42]、宇佐玄雄は近い状態と考えていた[43]。ただし森田正馬自身は神経質の「全治」と禅の「悟り」は全く違うと述べている[44]。さらに宇佐晋一のように、神経質の「全治」は不安がありながらも働いている姿で瞬間、瞬間にしかなく[45]、あるがままを「悟り」[46]と考える人もいる。

なお北西憲二のように、神経質の「全治」と「悟り」は無関係と考える人もいる[47]。また大原健士郎のように、神経質の「全治」と仏教の「悟り」は似て非なるものであり、治療者は森田療法を体験すると「悟り」を得られるなどという、おごった気持ちになるべきでないと考える人もいた[48]

治療結果

「全治」に到るまでの期間は数十日[34][35]から数年と個人差がある。なお治療結果で「全治」や「軽快」の率がかなり高い[49][50]が、「全治」や「軽快」の定義がさまざま[51][52][53][50]であるため注意が必要。また「治療結果がどのような方法で得られたものであるか」にも注意が必要[54][55]。なお森田正馬は薬を使わなかったが、現代では薬を併用することが多い[4][5][6]。しかし治療結果が「森田療法単独」のものか「森田療法薬物療法」のものかを明記していないものがあるので注意が必要。

くさみ

森田療法で治った人の中には、専門家ではないのに自ら指導的立場に立ったり、禅や森田正馬の言葉をふんだんに引用したり、治ったことを自慢する者の存在が指摘されている。このような「くさみ」のある治癒者は、森田療法特有の現象ではないかと考えられている[56]

また岡本重慶は「症状へのとらわれ」が「森田療法へのとらわれ」に変化することがあると指摘している。一つ目のタイプは「狭義の森田療法へのとらわれ」であり、何十年森田療法をやっても駄目であるのに、いつまでも森田療法をやり続けることなどである。

また二つ目のタイプは「広義の森田療法へのとらわれ」であり、客観的に治ってないのに自分は全治したと主観的な錯誤にとらわれることである。このような人は症状へのとらわれを放棄するだけでなく自己内省も放棄して、人間的成長がなく自分は全治したという勝ち誇ったような驕りにとらわれている擬似的な治癒像で、森田療法で治癒した人によくある特徴(くさみ)として、かなり古くから指摘されていた[57]

その他

森田正馬は自身の療法を「神経質療法」「神経質の特殊療法」「自覚療法」「自然療法」「体験療法」「体得療法」[58]「訓練療法」「鍛錬療法」[59]などと呼んでいた。また森田正馬は「神経質」を「病[10]」「病的気質[60]や変質者[61](現在のパーソナリティ障害)」「病ではない[62][1]」などと表現していた。さらに森田正馬は「治療」と言わず「修養」「教育」「訓練」「しつけ」などの言葉をよく使っていた[63]

 

なお森田正馬は患者に対して、医者には「治らない」とは言い難いから、「大分良くなった」と言えばいいと述べており、医者に「少しも良くならない」と言う患者は、医者に愛想をつかされると述べている[64]。また森田正馬の側近患者であった井上氏や山野井氏は、森田正馬の前では「治らない」と言い難かったと述べており[65]、山野井氏は「治らない」と森田正馬に言って、よく叱られたと述べている[66]

 

なお岩田真理は森田正馬が使う言葉の多義性や曖昧さを指摘しており、例として「ものそのものになる」「恐怖突入」「あるがまま」「自然服従」という言葉が同じ意味で使われている場合があると述べている[67]。また「なすべきをなす」ことがかえって悩みを深くする可能性を指摘しており、この言葉は恐怖で動けない人がそのまま実生活に取り組むための言葉であり、教条的でどんな状況でもやるべきことをやらなければならない、という押しつけの意味ではないと述べている[68]

 

なお立松一徳は「目的本位に」「なすべきことをなせ」「恐怖突入」という言葉を治療中に使うことは禁忌で、これらの言葉が患者の治療抵抗を強化したり副作用の原因になる可能性を指摘している[32]。また以前日本森田療法学会には、神経症を克服した体験を持つ者しか治療を理解できない、などのやや狂信的な考えを持つ者によって議論が困難になる場合あり、このような学会内の神経症的態度を克服できず自閉的な体質があったと指摘している。しかし最近はさまざまな分野の若い専門家の参加により、学会の雰囲気はかなり変化していると述べている[69]

 

また森田療法では患者が治らなかった時、原因が患者側にあると考える場合があり、田代信維のように森田療法で治らなかった場合は、明らかに患者の理解と実行の不完全さが原因と考える専門家もいる[70]。なお治療効果を得るには患者自身の「治したい」という意思が重要であり、このような心構えがないと治療の過程で脱落しやすい。他の療法と比べると厳しく感じられたり、「生き方」や「人生観」に関わってくる[71][72][73]治療法であるため、一部の患者には敬遠される場合もある。

脚注・出典

  1. ^ a b 『神経症(不安障害)と森田療法 (財)メンタルヘルス岡本記念財団』 神経質とはどんなものか?
  2. ^ a b 『神経症(不安障害)と森田療法 (財)メンタルヘルス岡本記念財団』 森田療法とは?
  3. ^ 『臨床精神医学 第32巻 第10号』森田療法の適応拡大と技法の修正(中村敬,2003)P.1153-1156
  4. ^ a b 『こころの臨床アラカルト1995年3月』森田療法薬物療法中山和彦,臼井樹子)P.24-28
  5. ^ a b 『新時代の森田療法』(慈恵医大森田療法センター編,2007)P.56
  6. ^ a b 『新版森田療法入門』(田代信維,2005)P.154
  7. ^ a b c d 『神経症(不安障害)と森田療法 (財)メンタルヘルス岡本記念財団』 森田療法の治療方法
  8. ^ 『神経症(不安障害)と森田療法 (財)メンタルヘルス岡本記念財団』 海外活動
  9. ^ 『臨床精神医学 第38巻 第3号』森田療法理論による疾病と診断の考え方(森温理,2009)P.289
  10. ^ a b 森田正馬全集 第3巻』(高良武久ほか編,1974)P.45-48
  11. ^ 『臨床精神医学 第38巻 第3号』森田療法理論による疾病と診断の考え方(森温理,2009)P.291
  12. ^ 『神経症(不安障害)と森田療法 (財)メンタルヘルス岡本記念財団』 神経症を発症する背景
  13. ^ 『神経衰弱と強迫観念の根治法』(森田正馬,1926/1995)P.22
  14. ^ a b 弱力性と強力性の5項目中それぞれ1項目以上を満たす時
  15. ^ 『臨床精神医学 第38巻 第3号』森田療法理論による疾病と診断の考え方(森温理,2009)P.293
  16. ^ 『神経症(不安障害)と森田療法 (財)メンタルヘルス岡本記念財団』 精神交互作用とは
  17. ^ 『神経衰弱と強迫観念の根治法』(森田正馬,1926/1995)P.113
  18. ^ 『神経症(不安障害)と森田療法 (財)メンタルヘルス岡本記念財団』 思想の矛盾
  19. ^ 『神経症(不安障害)と森田療法 (財)メンタルヘルス岡本記念財団』 生の欲望
  20. ^ 『神経衰弱と強迫観念の根治法』(森田正馬,1926/1995)P.34
  21. ^ 『神経衰弱と強迫観念の根治法』(森田正馬,1926/1995)P.194
  22. ^ 『神経衰弱と強迫観念の根治法』(森田正馬,1926/1995)P.124
  23. ^ 『自覚と悟りへの道』(森田正馬著,水谷啓二編,白揚社,1959/1997) P.111
  24. ^ 森田正馬全集 第5巻』(高良武久ほか編,1975)P.35
  25. ^ 『対人恐怖の治し方』(森田正馬著,高良武久編,白揚社,1935/1998)P.187
  26. ^ 森田正馬全集 第5巻』(高良武久ほか編,1975)P.710
  27. ^ a b 森田療法の研究』Ⅳ森田療法における治療論(北西憲二,1989)P.169,170
  28. ^ 『神経症(不安障害)と森田療法 (財)メンタルヘルス岡本記念財団』 あるがまま(自然服従)とは
  29. ^ 『神経症(不安障害)と森田療法 (財)メンタルヘルス岡本記念財団』 森田療法の基本概念
  30. ^ 『心理療法プリマーズ森田療法』2森田療法の基本理論(北西憲二,2005)P.37-39
  31. ^ 森田療法の研究』Ⅳ森田療法における治療論(北西憲二,1989)P.168
  32. ^ a b 『心理療法プリマーズ森田療法』(北西憲二,中村敬編,2005)P.121,122
  33. ^ 『神経症(不安障害)と森田療法 (財)メンタルヘルス岡本記念財団』 2.第2期(軽作業期)
  34. ^ a b 『神経衰弱と強迫観念の根治法』(森田正馬,1926/1995)P.36,37
  35. ^ a b 『臨床精神医学 第38巻 第3号』森田療法の実際:入院治療の方法・技術(宇佐晋一,2009)P.277,278
  36. ^ 『東京慈恵会医科大学 森田療法センター』 【入院治療が基本です】
  37. ^ 『心理療法プリマーズ森田療法』7外来治療(立松一徳,2005)P.99
  38. ^ 『新時代の森田療法』(慈恵医大森田療法センター編,白揚社,2007)P.53
  39. ^ 『神経症(不安障害)と森田療法 (財)メンタルヘルス岡本記念財団』 2.自助グループや体験フォーラムの活用
  40. ^ 『神経症(不安障害)と森田療法 (財)メンタルヘルス岡本記念財団』 体験フォーラム(会員制掲示板)
  41. ^ 『神経衰弱と強迫観念の根治法』(森田正馬,1926/1995)P.165,166
  42. ^ 『神経症はこんな風に全治する』(鈴木知準,1986)P.57,58
  43. ^ 『とらわれからの解脱』(宇佐晋一,木下勇作,1991)P.19,20
  44. ^ 森田正馬全集 第5巻』(高良武久ほか編,1975)P.170
  45. ^ 『とらわれからの解脱』(宇佐晋一,木下勇作,1991)P.234
  46. ^ 『とらわれからの解脱』(宇佐晋一,木下勇作,1991)P.70
  47. ^ 『臨床精神医学 第38巻 第3号』創始90周年を迎えた森田療法(北西憲二,2009)P.295
  48. ^ 『日々是好日』(大原健士郎,2003)P.114,116
  49. ^ 『神経衰弱と強迫観念の根治法』(森田正馬,1926/1995)P.300-309
  50. ^ a b 『異常心理学講座 第三巻 心理療法』(五)森田療法(新福尚武,1968)P.218
  51. ^ 『神経衰弱と強迫観念の根治法』(森田正馬,1926/1995)P.64,65,310
  52. ^ 『自覚と悟りへの道』(森田正馬著,水谷啓二編,白揚社,1959/1997) P.172
  53. ^ 森田正馬全集 第5巻』(高良武久ほか編,1975)P.97,183,448,590,636,695
  54. ^ 『看護ネット 聖路加看護大学』 「エビデンス」があるとはどういうことか?
  55. ^ 『看護ネット 聖路加看護大学』 誤ったエビデンス
  56. ^ 『大原健士郎選集①神経質性格、その正常と異常』(2007)P.157-160
  57. ^ 『京都森田療法研究所』 「森田療法へのとらわれ」について
  58. ^ 森田正馬全集 第2巻』(高良武久ほか編,1974)P.445
  59. ^ 『大原健士郎選集①神経質性格、その正常と異常』(2007)P.43
  60. ^ 『神経衰弱と強迫観念の根治法』(森田正馬,1926/1995)P.39,40
  61. ^ 森田正馬全集 第3巻』(高良武久ほか編,1974)P.424,425
  62. ^ 『神経衰弱と強迫観念の根治法』(森田正馬,1926/1995)P.21,81
  63. ^ 『大原健士郎選集①神経質性格、その正常と異常』(2007)P.44
  64. ^ 森田正馬全集 第5巻』(高良武久ほか編,1975)P.766
  65. ^ 森田正馬全集 第5巻』(高良武久ほか編,1975)P.590
  66. ^ 森田正馬全集 第5巻』(高良武久ほか編,1975)P.636
  67. ^ 『流れと動きの森田療法』(岩田真理,2012)P.81,82
  68. ^ 『流れと動きの森田療法』(岩田真理,2012)P.232,233
  69. ^ 『精神療法 第36巻第3号』 森田療法家の訓練(立松一徳,2010)P.40,41
  70. ^ 『新版森田療法入門』(田代信維,2005)P.51
  71. ^ 『自覚と悟りへの道』(森田正馬著,水谷啓二編,白揚社,1959/1997)
  72. ^ 森田正馬全集 第5巻』(高良武久ほか編,1975)
  73. ^ 『新時代の森田療法』(慈恵医大森田療法センター編,白揚社,2007)P.106

参考文献

関連項目

外部リンク

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