イエス・キリスト

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イエス・キリスト

イスラームの預言者としてのイエスについては「イスラームにおけるイーサー」をご覧ください。

イエス・キリスト(紀元前4年頃 - 紀元後28年頃、ギリシア語: Ίησοῦς Χριστός[1]、ヘブライ語ラテン文字転記:Yhoshuah ha-Mashiah)は、ギリシア語で「キリストであるイエス」、または「イエスはキリストである」という意味である。すなわち、キリスト教においてはナザレのイエスイエス・キリストと呼んでいるが、この呼称自体にイエスがキリストであるとの信仰内容が示されている[2]。

本項では、ナザレのイエスについてのキリスト教における観点について述べる。

日本正教会では中世以降のギリシャ語と教会スラヴ語に由来する転写により「イイスス・ハリストス」と呼ばれる。かつてはカトリック教会ではイエスは「イエズス」と表記されていたが、現在ではあまり用いられない。戦国時代から江戸時代初期にかけてのキリシタンは、「ゼス(ゼスス)・キリシト」を用いていた。

概要[編集]
キリスト教の多くの教派(正教会東方諸教会カトリック教会、聖公会プロテスタント)において、三位一体(至聖三者)の教義の元に、神の子が受肉(藉身)して人となった、真の神であり真の人である救い主として[2][3][4](一部の教派では、単性論と通称される、神としての属性を強調する立場で)信仰の対象となっている。

「イエス」は人名。ヘブライ語からギリシャ語に転写されたもの(ギリシア語: Ίησοῦς, Iēsūs…古典ギリシア語再建音ではイエースース、現代ギリシア語からの転写例はイイスス)。「ヤハウェ(神)は救い」「救う者」を意味する[4][5]。

「キリスト」は「膏をつけられた者」という意味の、救い主の称号。膏をつけられるのは旧約聖書において王・預言者・祭司であったが、新約の時代においてはこの三つの職務をイエス・キリストが旧約のそれら全ての前例を越える形で併せ持っていたことを示していると解される[5][6](但しこの三職論については、時代・論者・教派によって、キリスト教内から異論もある)。

イエスの言行を記した福音書を含む『聖書』は世界で最も翻訳言語数が多い歴史的ベストセラーであり、音楽・絵画・思想・哲学・世界史などに測り知れない影響を与えた。

語義と指示内容[編集]

イエス[編集]

イエスは、「イエースース(Ίησοῦς, Iēsūs、古典ギリシア語再建音)」の慣用的日本語表記である。現代ギリシア語では「イイスス」となる。

元の語は、アラム語のイェーシューア(ישוע, Yeshua)=ヘブライ語ヨシュア(イェホーシューア、יְהוֹשֻׁעַ, Yehoshua)で、「ヤハウェの救い」「ヤハウェは救い」「救う者」を意味する[4][5]。

これらのギリシア語表記の語尾は主格形であり、格変化すると異なる語尾に変化する。日本語の慣例表記「イエス」は、古典ギリシア語再建音から、日本語にない固有名詞の格変化語尾を省き、名詞幹のみとしたものである。

中世以降から現代までのギリシャ語からは「イイスス」と転写し得る。日本正教会がもちいる「イイスス(Iisus)」は、Ίησοῦς の中世ギリシア語・現代ギリシャ語に由来する転写(中世・現代のギリシャ語では"η"は"ι"と同じとなり「イ」と読む)である。正教古儀式派では、"Исус"(イスス)という、東スラヴ地域でかつて伝統的だった呼称を現在も用いている。

かつての日本のカトリック教会ではロマンス語の発音からイエズスという語を用いていたが、現在ではエキュメニズムの流れに沿ってイエスに統一されている[7]。戦国時代から江戸時代初期にかけてのキリシタンは、ポルトガル語の発音からゼススまたはゼスを使用していた。

アラビア語からは「イーサー」と転写し得る。

キリスト[編集]

キリストとは、古典ギリシア語「クリストス(Χριστός, Khristos)」の慣用的日本語表記である。「クリストス」は「膏(油)を注がれた者」を意味するヘブライ語「メシア(マーシアハ、מָׁשִיַח, Māšîªḥ)」の訳語であり、旧約聖書中の預言者たちが登場を予言した救世主を意味する。日本正教会では現代ギリシア語および教会スラヴ語から、「ハリストス」と転写する。

この意味で、「キリスト」は固有名詞ではなく称号である[8]。

イエス・キリスト[編集]

イエス・キリスト」はギリシャ語で主格を並べた同格表現であって、「キリストであるイエス」「イエスはキリストである」の意味である。マタイ伝・マルコ伝はそれぞれの冒頭で「ダビデの子イエス・キリスト」「神の子イエス・キリスト」と呼び表しており、この結合表現は新約の他の文書でも用いられている。パウロ書簡には「イエス・キリスト」とならんで「キリスト・イエス」の表現も見られるが、紀元1~2世紀の間に「イエス・キリスト」の方が定着していった。

「キリスト」は救い主への称号であったため、キリスト教の最初期においては、イエスを「イエス・キリスト」と呼ぶことは「イエスがキリストであることを信じる」という信仰告白と等価であったと考えられる。

しかしキリスト教の歴史の早い段階において、「キリスト」が称号としてではなくイエスを指す固有名詞であるかのように扱われはじめたことも確かであり[10]、パウロ書簡においてすでに「キリスト」が固有名詞として扱われているという説もある[11][12]。よって、今日において「イエス・キリスト」と述べることが常に自覚的な信仰告白である訳ではない。

いずれにせよ、イエスを「イエス・キリスト」と呼ぶことはイエスを救い主として認めることを含意しており、イエスを単なる宗教運動家・預言者と見なす立場からイエスを「イエス・キリスト」と呼ぶことはない。非キリスト教徒が「イエス・キリスト」の呼称を用いるのは、「キリスト教において救い主として扱われるイエス」を指す場合にのみ適切であると考えられる。

イエス・キリストとは何者か=「神の子」「真の神・真の人」[編集]

以下、イエス・キリストとは何者かについて、正教会カトリック教会、聖公会プロテスタントに共通する見解を、主に教派ごとの出典に基づいてまとめる。

イエス・キリストはただ一人の神の子である[13][14][15][16][17][18][19]。
この神の子はロゴス(言葉)とも呼ばれる(ヨハネによる福音書冒頭の「言葉」(ロゴス)はこれを指すと解釈される)[13][14][15][16][18][19]

神の子は、三位一体(至聖三者)の子なる神(神子:かみこ)であり、他の位格(父なる神、聖霊)と本質を同じくする[13][14][15][16][17][18][19]。 ただし「第二の神」といった表現は不適切であり否定される[19])。

イエス・キリストは神の子が受肉(藉身)して人の性をとった、真の神であり真の人である。この人性は、罪の他は全く完全なものである(イエス・キリストには罪は無かった)[13][14][15][16][17][18][19]。 一つの位格(ギリシア語: ὑπόστασις, 英語: person)のうちに二つの本性(ギリシア語: Φύσεις, 英語: natures)があるとする[20]。

脚注[編集]
1.^ 古典ギリシャ語再建例:イエースース・クリストース、現代ギリシャ語転写例:イイスス・フリストース
2.^ a b X. レオン・デュフール(編集委員長)Z. イェール(翻訳監修者)、(1987年10月20日)『聖書思想事典』47頁 - 56頁、三省堂 ISBN 4385153507
3.^ フスト・ゴンサレス 著、鈴木浩 訳『キリスト教神学基本用語集』p73 - p75, 教文館 (2010/11)、ISBN 9784764240353
4.^ a b c Іисусъ, Іисусъ Христосъ - Полный церковнославянский словарь(『教会スラヴ語大辞典』)内のページ(画像ファイル)
5.^ a b c Origin of the Name of Jesus Christ - The Catholic Encyclopedia (『カトリック百科事典』)内のページ
6.^ Христосъ - Полный церковнославянский словарь(『教会スラヴ語大辞典』)内のページ(画像ファイル)
7.^ これは、プロテスタントを初めとする他教派と共同で翻訳した聖書「共同訳」にイエススを用いたところ内外からの批判により後続版である「新共同訳」がイエス(一部はメシア)に統一されたのに由来する。
8.^ Origin of the Name of Jesus Christ - The Catholic Encyclopedia (『カトリック百科事典』)内のページ
9.^ 現代ギリシャでも用いられる語であるため、現代ギリシャ語から転写した。古典再建音では「イエースース・クリストース」となる。また、「フリストス」は転写によっては「ハリストス」となり、これは教会用語としては日本正教会での標準的表記であるが、教派上の中立性を確保するために一般的な現代ギリシャ語転写に本項では則った。他の正教会関連記事では「ハリストス」との転写を用いている。
10.^ ブルトマンはギリシア語:Χριστόςが、翻訳されることなくChristusとしてラテン語に導入されたことを固有名詞化の一根拠としている。 R.Bultmann 1961 Theologie des neuen Testaments 
11.^ R.ブルトマン 同上
12.^ フィリピ3:20などに「主イエス・キリストが救い主として来られる」とある。ここでパウロが「キリスト」を称号として用いていたと想定すると、この句は単なる同語反復になる。
13.^ a b c d 正教会からの参照:Jesus Christ, Son of God, Incarnation(アメリカ正教会
14.^ a b c d カトリック教会からの参照:Christology(カトリック百科事典)
15.^ a b c d 聖公会からの参照(但しこの「39箇条」は現代の聖公会では絶対視はされていない):英国聖公会の39箇条(聖公会大綱)一1563年制定一
16.^ a b c d ルーテル教会からの参照:Christ Jesus.(Edited by: Erwin L. Lueker, Luther Poellot, Paul Jackson)
17.^ a b c 改革派教会からの参照:ウェストミンスター信仰基準
18.^ a b c d バプテストからの参照:Of God and of the Holy Trinity., Of Christ the Mediator. (いずれもThe 1677/89 London Baptist Confession of Faith)
19.^ a b c d e メソジストからの参照:フスト・ゴンサレス 著、鈴木浩 訳『キリスト教神学基本用語集』p73 - p75, 教文館 (2010/11)、ISBN 9784764240353
20.^ Theological Outlines • by • Francis J. Hall
21.^ カトリック中央協議会(2002年)『カトリック教会のカテキズム』298頁 - 299頁、ISBN 4877501010
22.^ J. Radermakeres, P. Grelot(1987年10月20日)『聖書思想事典』730頁 - 735頁 三省堂
23.^ 日本ハリストス正教会教団(昭和55年)『正教要理』52頁 - 55頁
24.^ イエスが父と呼んだ神 第三回 ナザレのイエスへのアプローチ (岩島忠彦:上智大学神学部教授)

イエス・キリスト」の書誌情報